純元皇后の死の理由
「純元皇后の死は皇后と関係があった」という報告を信じたくない雍正帝は、さらに詳細な報告を求める。
「純元皇后の食事には、芭蕉根と桃仁が入っていた。芭蕉根は血行促進の効能があるが、妊娠中には禁忌である。また、桃仁は胎児に害があるが、杏仁と似ていて見分けるのが難しい」
蘇培盛の報告は皇后の最側近の紅福海が自白したものだった。死んだ赤子には不自然な青斑が見られた。当時は、妊娠中に純元皇后が側室の死を悲しんだためだと思われていたが、実は芭蕉根と桃仁の摂取により亡くなった証拠だったのだ。
蘇培盛を無言でじっと見つめる雍正帝。姉の純元を慕っていると思っていた雍正帝はショックを隠せない。
雍正帝は皇后が多くの妃嬪や子どもを害していたことに薄々気づいていた。しかし純元皇后のことだけは皇后の口からはっきりと聞きたいと言い、皇后を御前に呼び出す。
雍正帝と皇后…最後の夫婦の対話
自分の仕業を確信しているなら、あらためて聞く必要があるかと言う皇后。輿入れのときに、決して離れないようにと雍正帝からつけてもらった対の腕輪を見せる。そのとき雍正帝は「もし男の子が生まれれば嫡福晋(正室)にする」と皇后に約束していた。実際には雍正帝は皇后の姉である純元皇后を見初めて嫡福晋にしたため、約束はあっさり反故にされた。
皇后は庶出になり、皇后の子は庶子になった。「嫡子と庶子の身分の差は明確だ」と泣け叫ぶ皇后。雍正帝は怒りを含む冷酷な声で「わかっていたから厚遇した。なぜ満足しないのだ」と問う。
皇后は純元皇后に嫡福晋の座を奪われただけでなく、子の嫡子の座も奪われた。そして夫からの愛も奪われた。
「そなたを娶るべきではなかった」と言う雍正帝に「そもそも間違いだったのは私がいるのに姉を娶ったことだ。真の愛は2つもいらない。自分のことになると分からないのか」と強い口調で皇后は言った。
皇后が子どもを亡くして嘆き悲しんだとき、雍正帝は純元の妊娠を喜ぶばかりで皇后を顧みることがなかった。深い悲しみは消えるわけもなく、純元への恨みに変わった。雍正帝のことはどうしても恨めなかった、と涙を流す皇后。
「他の女が夫の子を身ごもるなど許せない。私は無理だ」「私が残酷なのは陛下を心から深く愛しているからこそ。だから手を下したのだ」と。
皇太后の遺言と純元皇后の最後の言葉
「正当化する気か」「忌々しい」と雍正帝は吐き捨て、皇后を庶民に落とし、冷宮に送ろうとしたそのときだった。皇太后の側近であった侍女の孫竹息が、皇太后の遺書を持って参上した。
読み上げた遺書には「こなたの没後、不敬の罪があっても烏拉那拉氏(皇后)を廃してはならない」とあった。皇太后は皇后の仕業に気づいていたのだ。
皇太后の遺言を聞いてもなお、烏拉那拉氏は罪人だと言い、廃そうとする雍正帝に、竹息は純元皇后が亡くなる直前に発した言葉を問うた。その言葉は「自分が死んだあとは何があろうとも妹を大切にし、捨ててくれるな」と言うものだった。竹息は、純元皇后との約束を守り、皇后を許すように諭す。
雍正帝はゆっくりと立ち上がった。そして「特別に旧情を鑑みて、死ぬまで景仁宮から出てはならない」と告げる。蘇培盛に景仁宮から聖旨、宝印、宝冊を持ってくるように言い、皇后に「死んでも見えぬ」と告げた。
雍正帝の頭を悩ませるジュンガル部の進軍
辺境の地・雁鳴関にジュンガル部が40万の兵を率い、迫っていた。臣下の張廷玉から報告を受けた雍正帝は増長するジュンガル部に怒りを顕わにする。しかし近年、清は周辺地域を制定するために戦を続けており、国庫や兵糧が乏しくなっていた。派遣した将も暑さで役に立たない。
張廷玉は十四皇弟の招へいを提案するが、雍正帝は野心のある十四皇弟を派遣することは虎を野に放つことと同意だという。結局、果郡王の派遣を検討することで話はついた。果郡王は野心が無い者として雍正帝の信頼が厚い。
雍正帝は甄嬛にジュンガル部の要求を見せる。新しいハーンである摩格(モウガ)は若く血気盛んで、挙兵の名目を欲しがり、無理難題を書き連ねていた。
張廷玉がやってきて、ジュンガル部に疫病が広まっており、新ハーンが謁見のために上京を求めていると伝える。雍正帝は疫病の原因を調べるよう命じる。温侍医の作った特効薬が効けば、交渉に仕えるかもしれないと思ったのだ。
ジュンガル部のハーン・摩格(モウガ)との再会
雍正帝は摩格を謁見すると決める。散々待たせた挙句、謁見の席を7月7日に設けた。
円明園の九州清晏にて。室内に入ってきた摩格の顔を見て、甄嬛はすぐに気付いた。以前、蛇にかまれているところを果郡王と共に助けた無礼な男だと。
甄嬛は摩格の前に酒をまく。ムッとして腹を立てる摩格に、「ジュンガル部は清に属していたはず、来てくれたことで和平が進むのであれば良い」と言う。張り詰めた空気が漂うなか、摩格は西域の職人が作り上げたという玉の輪を見せる。複数の輪が絡み合って知恵の輪のようになっていた。知恵者が多いという清の人々なら解けるだろうと皇帝に言う。
すぐに外に控える臣下に見せるが、誰も輪を解くことができない。輪は外から室内へ、複数の人々の手を渡るが解けると申し出る者はやはりいない。そして輪は甄嬛に回る。甄嬛が解けないといったのを聞き「知恵者が多いなど単なる噂だったか」と摩格は馬鹿にした様子で言う。
甄嬛の機転
甄嬛は朧月に耳打ちする。朧月は皇帝の前に歩み出て、自分なら解けると言う。輪を受け取った朧月は勢いよく床に打ち付け、バラバラになった輪を見て「解けました」と無邪気に微笑む。雍正帝は機嫌よく笑い、朧月を褒めた。
ジュンガル部の宝を破壊されたと息巻くハーンの臣下。甄嬛や敬貴妃は「玉は陰気だが、公主のおかげで不祥の気が祓われた」と言い、代わりに宮廷の職人に金の玉を作らせ、戦を終結させようと言う。
そのとき、蘇培盛が雍正帝に耳打ちする。ジュンガル部と対峙していた岳鐘琪の作戦が成功したと。一気に勝機が出てきた雍正帝は「必ずしも勝敗は決まっていない」とし、ジュンガル部の疫病について、特効薬や医者を派遣しても良いと言う。
摩格は断るが、配下から耳打ちされて静かな怒りをため、皮肉な笑いを浮かべる。
甄嬛と果郡王の関係を確信する摩格
甄嬛が席を外すと摩格が追いかけてきた。
「久しぶりだな」と言う摩格に、会うのは初めてだととぼける甄嬛。「一度会った者は決して忘れない。熹貴妃は肝が太いのだな。皇帝の弟と私通とは」と摩格は不敵に言う。
「何の恨みがあってそんな誹謗中傷を」と言う甄嬛。自分の妹で果郡王の妻である玉隠と見間違えたのだろうと続けるが摩格は信じない。
「口が達者だ。これほど聡明で美しい女は皇帝だけでなく私も気に入った」と言う。そして「私が求めているものを清の皇帝が手放せばよいがな」と不気味な発言をする。
2人の様子を物陰から見ている人がいた。雍正帝の隠密である夏刈だ。夏刈はすぐに雍正帝の元へ馳せ参じ「やはり事実だった」と報告する。雍正帝は特務機関に証拠を捜索するように命じる。
そのとき、摩格が褒美を求めて雍正帝に謁見を申し出てきたと使いがくる。
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皇后の気持ちもわかる…ちょっと切ない気持ちもしますが雍正帝は冷静でした。ここから皇后も雍正帝も老いに抗えなくなる描写が増えていきます。そして、あのときの摩格がここで…!おしゃまな朧月はやっぱりかわいいです!ぜひ映像で見ていただきたいです。
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